第一話





――千年に一度、世界に魔王が現れる世界、オーリム。
世界の中心に出現する魔王の住処から魔物が溢れ、空は黒く染まってゆく。
そしてそれを食い止めるため、空からの使者――神と、人間代表である勇者が魔王を倒す為旅をする。
そうしてもう何億年も前から、魔王と神は戦い続けてきた。



「ねぇ知ってる?」
 授業も終わった放課後、下校途中すれ違った女子達の噂話に俺は耳を傾ける。
「勇者様、三年の先輩で決まったんだって」
「え!?本当!?この学校から勇者が出るなんて、とても名誉な事よね!?」
「まだ噂だから……けど、だとしたら大ニュースよね」
 勇者が決まった……つまり魔王の出現も近いというのに呑気な事だな、と俺は呆れてしまう。
 現在、世界は百回目の"創世の年"を迎えようとしている。新しい女神が誕生し世界が生まれ変わる年であり、
魔王が現れる年――記念すべき百回目に産まれられたことに感謝すべきかもしれないが、魔王に支配される
恐怖はきっと想像するより辛いものだ。
 千年に一度なんていう長い年月で、今生きている誰もが経験したことなんてない。残された資料を見ることでしか
知識を得られないが為に、様々な憶測、尾びれに背びれ、といった感じで、世界は大混乱――というのが現状だ。
 はっきりと俺が分かっている情報は、魔王は毎回姿が違う事。今回の勇者は3年の先輩であるという事。そして
「セツナおかえりなさい!」
 今、俺をとびきりの笑顔で迎えてくれた少女――レイラが、今回の神だということだ。


 美しいピンクシルバーの髪に、濃い桃色の瞳。すこし幼い印象を受ける顔はとても女神とは思えないが、
彼女の背中から生えた小さな白い羽が、彼女が人間ではない事を物語っていた。
 10年ほど前からこの家でレイラは暮らしている。俺の家は孤児院を経営していて、幼い頃俺はレイラと出会い、
俺と同じぐらいの年頃で、身元も何も分からない彼女を家に連れて帰った。その日からレイラは家族のような存在で、
両親もレイラを娘のように可愛がってくれている。
「今日は学校で何を習ったの?」
 俺の部屋、中央の丸机に向かいちょこんと正座して、目を輝かせてレイラは訊ねる。
「半分は剣技の授業。魔法学少しに、歴史と、数学」
 学校でどんなことをして、何を習ったか。毎日俺はレイラに語り、それを彼女は熱心に聞いていた。
彼女は学校には行っていない、というより行けないから。
「あ、そうだレイラ。その……勇者、決まったってさ。おめでとう」
 ふと、学校で聞いた話を口にする。するとレイラは反応に困った微妙な顔で答えた。
「そう……なの?そっか、じゃあ、もうすぐなのかな」
「レイラでも、いつか分からないのか?」
「……ごめんね、良くわからないの……けど、近いのは確かだよ。最近胸が苦しくて、そわそわするの。不思議な感覚」
 彼女はそう言いながら、胸のあたりに手を当て、目を瞑って答えた。
「俺が勇者だったらな」
「セツナ……うん、ありがとう。けど……」
「わーかってるって!俺は大人しくしてるからさ」
 安心してほしくて、俺は精一杯の笑顔をレイラに向けた。
 勇者として、俺じゃ力不足な事ぐらい分かってる。ただ、何処の誰かも分からない男が勇者になり、レイラと一緒に
旅をするその光景を……黙ってみているのは耐えられない、そう思った。
「そうだ、帰りにこれを拾ったんだ」
「それは……リフ結晶?」
 レイラの手にそっと乗せたそれは、水色に輝く小さな六角形の宝石のようなもの。リフ結晶と
呼ばれる、この世界の命の元とも言えるものだ。
 植物の生命力が生み出す謎の結晶。これを人間が手に握る……あるいは加工し、武器なんかにつければ
火をおこしたり水を操る……魔法が操れるようになる。
 リフ結晶にも色々な能力があり、今回レイラに渡した結晶の能力は水だった。ポピュラーな部類のリフで、
炊事洗濯など日常生活でも使われているもの。
「旅のお守りみたいな感じで持ってけよ、レイラはリフ結晶なんてなくても大丈夫だろうけど……」
「ありがとう、セツナ。大切にするね」
 微笑む彼女に俺も笑って返し、またたわいもない会話で盛り上がって夜は更けた。

 
 次の日。学校は勇者の話でもちきりだった。朝、生徒全員が大ホールに呼び出され、今回の勇者が
学校内から出たことが報告されたのだ。
 生徒全員の前に現れた勇者は三年の先輩であり、名前は確か……グレイ・ベネディクト。確かに剣技も
魔術も学問も秀でていたが……一番の決め手は、由緒正しきお家柄のお陰だろう。
 すました顔で得意げにステージ上で挨拶をし、スピーチをする……俺はその顔が気に入らず、
コイツ死なないかなと物騒な事さえ考えたが抑えていた。
 サプライズもいいところで、授業は無し。そのままお祭り騒ぎにパーティーが開かれて今に至る。
「セツナお前顔怖いって」
「あーー?」
「うっわ……何お前、自分が勇者になりたかったとかいう嫉妬か」
「うっせぇな!」
 クラスの男子は笑い揶揄ってくる。レイラの事は誰にも話していないので、俺が何故これほど
機嫌が悪いのか分かる筈もない。
「まあそう怒るなって。お前も強いもんなーというか、成績はどれも先輩より上だろ?」
 そう、そこも俺の怒りのポイントだった。あの勇者様よりも俺の方が、剣技も魔術も学問も成績は上。
それも全部「勇者」になる為に努力した結果だ。
 だが結局は家柄――貴族かどうかだった。俺は孤児院を経営する家の、貧しくも無いが金持ちでもない、
普通の一般人だ。ただそれだけの違いで、努力もしていない奴が勇者になった。
――否、まだ正式に勇者になったわけでは無い
「明日らしいぜ、先輩が神から剣を受け取る日」
「明日か……早いな……」
「セツナお前まさかと思うけど、奪おうなんてこと思ってないよな!?」
「はは、まさか。明日は学校休みだし、家で寝てるって」
 そのまさかだ。勇者になるには、神が捧げる聖剣を祭壇から抜き取る儀式が必要となる。そう、だから
まだ先輩は勇者候補なのであって、勇者になったわけでは無い。
 ならその儀式の邪魔――俺が剣を引き抜けば作戦は成功、俺は勇者になることが出来る。
 レイラに怒られるだろうけれど、きっとわかってくれるはずだ。


 パーティーの中央では、勇者候補様と魔法学の先生が談笑していた。
 この魔法学の先生は美人な女性であり、なにより強いと生徒からも評判だ。氷の魔術を得意とし、
性格も氷の様に冷たく、厳しい。頭にベールを被り、服装がどこかシスターを感じさせることから、
学園内では「氷の聖者」だなんて呼ばれている。ただ、俺に対しての当たりが妙に強い気がして、俺は苦手だった。
「おや、赤目君じゃあないか」
 赤目君――そう俺を呼んだ勇者候補様が、見下したような馬鹿にしたような態度で俺に話しかける。
赤目というのはそのまま俺の目の色を指すが、目の色に関して言えば赤目は他にも沢山いるので珍しくも
なんともなく、皮肉に使うには浅すぎる。
「おめでとうございます、勇者様?」
「明日から僕は旅に出るよ。まあ、君のような優秀な生徒が居ればこの学校も安心だろうね」
「……ありがとうございます」
 言葉の節々が引っかかり俺をさらにイライラさせたが、どうも隣に立つ先生の目が鋭いので極力波を
立てない様に振る舞っておく。魔法学の先生なのだからもしかしたら俺が何を考えているのかぐらい
わかってしまうのかもしれないし、注意するに越したことはない。
「貴方は2年のセツナ・ルベル君ね。折角のお祭りなのだから、そんな顔をしないでお友達と楽しんでらっしゃい」
「……わかりました」
「納得いかないという顔ね。貴方が頑張っていたのは良くわかるけれど、これは国が決めた事なのよ」
「……勝手に国が決めただけで」
――神はレイラなのに……と言いそうになり、俺は口を慌てて閉じた。
 これ以上いると口論になりかねないため、愛想笑いと共にその場をなんとか抜け出した。先生の横を
通るとき、彼女は何かを呟いていたような――そんな気がした。


「……明日……ですか」
 学園内、校長室。大き目のシルエットが目立つ校長と、その横に立つのは魔法学担当「氷の聖者」アンジュ。
 レイラは二人を前に少し緊張しながらも、自分に与えられた使命を果たすときがついに来るのだと気を引き締めた。
「そう。明日朝、ここにおるアンジュ先生と勇者グレイ、そして女神レイラ殿――3人で、この学園の
北にある"アンテスの森"に向かい、その奥地にあるという祭壇で聖剣を受け取っていただきたい」
「……わかりました。必ず、魔王の手からこの世界オーリムを御守致します」
「女神レイラ殿……良かったのですか?このような小さな町の学校から勇者を……それに、もう少し
大きな式を挙げても良かったのでは……」
「いえ、私としてはこの方が、旅をしやすいから……」
 なぜ国を挙げての式では無く、学園内だけで行い、旅立ちも公にしないのか。世界中で騒ぎ立てれば
魔王にも勿論情報が行く。なにより旅先で人々が騒ぎ出してしまう、それだけで女神の旅への妨害になりかねない。
 千年前の戦いでは国を挙げて式を行い、その結果歴史として数々の文献が残りはしたが――様々な
弊害があり、旅は極めて困難、そして……多くの人間を巻き込む形となってしまった。
 その為レイラ自身、できればひっそりと行いたいと、国王に話は通していたのだ。
「ここにおるアンジュ先生は優秀でな。千年前の戦いに関しても詳しい。そしてなにより彼女は貴女も
お探しである能力者……」
「……ご挨拶が遅れました。私は氷の"エレイン"……アンジュ・アライス、と申します。女神様の旅に
同行出来る事、とても喜ばしく思います」
「エレイン……!」
 その言葉を聞き、レイラはつい驚きの声を上げた。
「エレインは神子と勇者の旅に同行し、ともに魔王に打ち勝つ存在……伝承にもそう書かれておりました。
私のこの氷が、貴女の役に立てるのならいいのですが」
「ありがとうございます。とても心強いです……」
 エレイン、遥か昔――女神と魔王の戦いが始まった時から存在したといわれる、勇者の仲間となれる
能力者の事を指す。
 彼等の能力、それはリフ結晶を持たずとも強力な魔術を扱える事だ。彼等はそれぞれリフ結晶の属性
を持ち、被ることは決してない。つまりリフ結晶として確認されている属性である地水火風、光闇、氷雷
…8人しか世界中に存在しない事になる。
「あと7人……」
「全員を仲間にする必要はございませんが、大いに越したことはありません。最初の旅の
目的は他のエレインを探すことですね」
 アンジュはそう答えると、頑張りましょう、と優しく微笑んだ。
「おや、先生、氷の聖者に似つかわしくない笑顔で」
「煩いわね、好きでそのあだ名付けられてないわよ。私だって笑うわ」
 校長先生と軽く話した後、コホンと一つ咳払いをしたアンジュは、もう一度レイラに向き直る。
「女神様。本日はもうこれで……明日の支度をなさってください。わざわざここまで足を運んで
くださりありがとうございます」
「い、いえ……!明日、よろしくお願いします」
 ぺこりと頭を下げてから、レイラは校長室を後にした。ふぅ……と一息ついてから、セツナに貰った
リフを握りしめる。少し落ち着けるような、けれど彼を思い出すと胸が苦しくて、レイラは苦笑いでそれを見つめた。


 木漏れ日が眩しい森の中。時折吹き抜ける風が木々の葉と、セツナの長いコートをなびかせた。
「……こんな森の中でも魔物っているんだな……」
 少し軽装備だったかもしれない。セツナは目の前に現れた小型の植物魔物を木刀で殴りながらそう
思っていた。授業で使う木刀で、一応魔物退治に使えるのだが如何せん威力は無い。
 だが引き返すわけにはいかない。セツナは今、ばれ無いように必死になってレイラ達の後を追っていた。
レイラと、彼女に話しかけるグレイ。そしてアンジュの姿。
「くっそ……あいつ……レイラと気安く話してんじゃねぇよ」
 朝からセツナは不機嫌だった。朝起きた時すでに部屋にレイラはおらず、それだけでも十分に心が痛かった。
嫌われているとかでは無く、本当にレイラがセツナを想っていたからこその行動だと分かってはいる。
「……俺だって、旅に付いて行くぐらい」
 ぼそりと呟き、セツナは自分の胸元に手を当てる。ゆっくり顔をあげると、レイラ達が祭壇のある広場へと
入っていく姿が映った。
 そして目に止まる、太陽の光を反射し輝く剣――
「あれが……聖剣……」
 胸がざわつくようなそんな感覚をセツナは感じ、思わず息をのんだ。
 あれを勇者候補であるグレイが手にしたとき、彼は勇者確定となり魔王討伐の為の力を手に入れる。
「……レイラ……」
 彼女が祭壇を上がり、両手を組み祈りをささげる。祈りの声はセツナの耳にもしっかりと届いていた。
日常の少女らしい声とはちがう、女神であることを感じさせる透き通った声。
 彼女の声に答える様に、森は暗い闇に包まれ、そして祭壇と彼女だけを眩い光が包み込んだ。
 美しい光の中、彼女の白く輝く翼が大きく広がり、羽が美しく彼女のそばを舞う。
 セツナはそんな彼女をただただ、言葉も失い見とれていた。昨日までの、自分の知っているレイラとは
違う、女神としての彼女を。
――汝、勇者となる者に命ず
 彼女の口から、その言葉が発せられた瞬間に、セツナはふと我に返った。
――オーリムの代表として、その名を刻め
 その先、彼が契約を承諾し剣を抜けば……セツナは堪らず飛び出した。
「レイラ!!」

 分かっていたはずだった。
 レイラを、グレイの背中を追いながら……本当はいけないことなんだと。絶対に、契約を
邪魔してはいけないことも。
 世界に反逆する行為だと――
 
 セツナの声と共に、契約の言葉はぷつりと途切れる。
「セ……ツナ……?」
 レイラの瞳が、セツナを映した。その瞬間だった。
――ズンッ
 重い地響き。レイラを包んでいた光りは消え、元の森の姿へと戻り、そしてまた、別の闇が辺りを包んだ。
「何なのだこれは!!」
 グレイが叫ぶ。
「これは……」
 アンジュでさえ、うろたえた様子で言葉を失っている。まるで深夜の森ような暗さと静けさが不安を煽る。
「駄目……皆……」
 レイラがぼそりと呟いた。
「……そんな……皆……ッ!逃げて!!」
 彼女は叫んだ。
 刹那、黒い影がグレイを吹き飛ばした。ほんの一瞬の出来事だった。
「あ……?」
 何が起きたのか分からないまま、グレイは祭壇の階段から落ち、地面に叩きつけられる。
「女神様!下がってください!」
 アンジュはレイラの前に立ち、姿の見えない敵から彼女を庇う。
「先生、駄目です!叶う相手じゃないの……!」
「分かるのですか?一体これは……!」
 その時、もう一つの声が響いた。

――君の願いを叶えてあげたよ

 クスクスと嗤う、少年の声。
「魔王――……!」
 レイラの発した二文字に、アンジュとセツナは声も出ず震えた。
「何をしに来たの、貴方と私は、まだ戦う時ではない筈」
 魔王は姿を見せぬまま、闇の中から答えた。
――そうだね、これは僕の気まぐれ。暇つぶしと言う奴さ
「暇つぶしに儀式を中断させるなんて」
 アンジュの言葉に、また嗤う。
――それじゃあ僕はこれで……世界の果てで、君を待ってる
「え……」
 一瞬自分に向けられたような気がして、セツナは暗闇の中彼を探した。
 消えゆく闇。徐々に森は姿を取り戻してゆく。
 完全に闇が消える間際、魔王は一言付け加えた。
――ボクからのプレゼント。楽しんでね
 その言葉の直後、獣の唸り声と共に、セツナ達の意識は覚醒した。
「魔物……!こんなに沢山……!」
 祭壇の周りを取り囲むように魔物が集まってくる。その中に一匹、一際大きな魔物。
セツナはとにかく考えることを後にして、魔物との戦闘に頭を切り替えた。
「レイラごめん!話は後だ!」
「セツナ……うん、わかった。けど無茶しないで……!」
「女神様、ここは私達に任せて契約を!」
 アンジュにレイラは頷き、再び契約を結ぶための言葉を紡ぎ出す。辺りは暗くなる――筈が、何も変わらない。
 空は青く、風は木々を揺らすだけ。
「なんで…!どうして!?」
 焦るレイラに、アンジュも戸惑う。肝心の勇者と言えば、未だに祭壇の下で伸びていた。
「まさか、グレイが居ないから」
――あの役立たず
 セツナは舌打ちをしながら、魔物を1匹、2匹と片づける。
 大きな魔物に攻撃を喰らわせたいのだが、他の魔物に邪魔をされ近寄ることすらできない。
「下がりなさい!!」
 アンジュの声と共に、冷たい氷の刃が魔物たちを一掃する。エレイン「氷」の能力、その
圧倒的な力に、セツナは思わず「凄い……」と呟いた。
 レイラは女神であり、攻撃するための技は持っていない。エレインであるアンジュの力があれば
何とかなるかもしれないが、あの魔物を一人で倒すには無理がある。
「先生!俺」
「セツナ・ルベル。貴方には言わなければならない事が沢山あります。黙ってここに付いてきたことも
含めて。その前にあの魔物を倒さなくてはいけない」
 目の前の魔物が声を上げアンジュに突進を繰り出す。彼女はそれを避け切ると、セツナの傍に寄り、告げた。
「あの魔物は、火に弱いわ。私の氷はあまり効いていない」
「……ッ!」
「私はグレイを起こします。そして彼と女神様が契約を交わす間、貴方が足止めをしてちょうだい」
 セツナは手にした木刀を強く握りしめた。
「俺には、できません」
「……このまま全滅するつもり?」
「木刀じゃ炎は使えないだろ?」
 先ほどまでとは打って変わって、セツナはニヤリと笑みをこぼす。
「やっぱ、俺、先生達の言う通りに出来そうにねぇわ!!」
「こんな時に何言ってるの!」
 アンジュの言葉を振り切り、彼は祭壇下から大きな声で上にいるレイラに叫んだ。
「レイラ!俺が勇者になる!その剣は"俺の炎"にも負けやしない!!」
「――ッ!セツナ!でも」
「勇者が誰かはレイラが決めればいい!!それにエレインが勇者になってはいけない決まりも無いだろ!!」
 彼等が何を言っているのか、アンジュはそこでようやく理解をした。
 セツナは分かっていたのだ。元々彼は何もしなくたって、女神の旅の仲間に加われるという事を。
分かっていても、他の誰かが勇者になることが許せない、それだけだったのだ。
「約束!!レイラ達の旅に"炎のエレイン"として付いていく事は守れる!」
 その台詞に、アンジュは耳を疑った。
「炎の……エレインですって……!?」
 セツナは祭壇を駆け上がる。そしてレイラの目の前へ。
「レイラ、契約を」
「……セツナ……わかった」
 声が響く。
 空は暗く、彼等の周りは光に包まれる。
「その名を刻め」
「俺の名前はセツナ・ルベル。女神レイラを守る、勇者――」
 セツナは剣を握りしめ、祭壇から引き抜いた。

 眩い光が彼等と周りを包み込み、セツナ達は堪らず目を瞑った。

 静寂の中、そっとセツナは目を開いた。いつもと違う、頭の中が何か変わったような感覚。
 引き抜いた聖剣は少し重たく、セツナを試すかのように輝く。
「……ありがとう、レイラ」
 一言。レイラはこくりと頷いた。祭壇の下へ降りたセツナを、アンジュが何か言いたげに見つめる。
「先生、話は後で、だろ。勇者の力がどんなもんか分からないけど――炎に弱いっていうなら、俺なら勝てる」
「貴方、なぜそこまでして勇者になろうとしたの。エレインなら旅には付いてこれたでしょう」
「そんなの、決まってるだろ!」
 セツナが剣を構えると、たちまち彼の周りは炎に包まれた。彼の胸元に埋まった赤いリフ結晶が輝く。
「出会ったときからずっと、レイラの勇者はこの俺だからだ!!」
 舞い上がる炎と共に、勇者はその剣を魔物に突き立てた。
 静かになる、魔物の鼓動。
 低い地響きと共に魔物は倒れ、そして消えた。

 木漏れ日、静かな風が勇者のコートを揺らす。
 炎は消え去り、何事も無かったかのように彼はそこに立っていた。

「……あの魔物を、一瞬で……」
「セツナ……!」
 駆け寄るレイラをセツナはしっかりと抱きしめる。
「ごめん、レイラ……ありがとう」
 右手に握られた聖剣の銀が、静かに二人を映していた。


「さてと、説明してもらおうかしら?勇者さん」
「その……まあ、まさか本気でなれるとは思ってなかったさ」
 校長室の中、頭を抱える校長と、その隣に立つ氷のような眼をしたアンジュ、その前に
セツナとレイラが並んで立つ。
「セツナ。貴方が女神と暮らしているのは知っていたわ。でもまさか貴方がエレインだとは…」
 アンジュの言葉から、ようやく彼女が自分に冷たかった理由が分かった。邪魔しに来るかも
しれないところまでは計算していたらしい。
「本当は、私が旅立ってすぐセツナを迎えに行って、一緒に旅する予定で……」
「……俺が個人的にグレイ先輩が許せないからって理由で動いただけで、レイラは悪くないというか」
 二人が言い訳の言い合いを仕出したところで、アンジュが深いため息を漏らす。
「……こうなった以上仕方がないわ。もう戻れないのだし、何言っても無駄でしょう」
「じゃあ」
「予定通り、旅を決行します。いいですね校長」
 校長は相変わらず頭を抱えていたが、力なく許可をだした。今後、勇者になれなかったグレイに
対しての対応に頭がいっぱいなのだろう。
「セツナ……それと、アンジュさん……これから、よろしくお願いします……!」
 頭を下げたレイラを、そっとセツナは撫でた。
「これからもよろしくな、レイラ」
 堪らず漏れたレイラの笑顔は、ここ最近一番の明るさだった。


――君達の願いと、僕の願い

 クスクス、クスクス、嗤いは闇の中に響く。

――1つは叶った、次は僕

 彼等の旅はまだ、始まったばかり。

  • 最終更新:2016-06-28 00:07:18

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